薬師岳信仰partⅢ

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2014.06.26頂上の薬師堂を1803(享和3)年の桐沢九郎兵衛の記には「薬師嶽本社」と「社」字を用いています。里宮の薬師堂にも鳥居が建っていたということと合わせて祝詞をあげていたと考えられ、有峰の古老もはっきり祝詞の語を用いていたことから、神道的であったと考えられます。有峰村民が鉄剣をお堂に供えるしきたり等からも分かるように、本来は岳の山神に対する信仰でした。それが徐々に仏教化されていくうちに、薬師岳信仰に変わっていったと推定されています。

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